樫木祐人 「ハクメイとミコチ」

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 生きること、すなわち「人生」に意味はあるのか、という問いは誰しも一度は胸に抱くものです。しかしご存知のように人生に意味はなく、私達は偶然この時、この場所に存在しているに過ぎません。「意味がない」ということを「空虚」だとして嘆く方もいますが、それは誤りです。つまり「意味がない」とは「何をしても構わない」ということで、私達は自分の好きなように、自由に人生に意味を見出すことが出来るのです。

 しかし自由は時として人を悩ませるものでもあります。「何をしても良い」という状況は、とかく「何をしたら良いか分からない」事態に陥りがちです。バリバリ仕事をしてきた人が、退職した途端、手持無沙汰になってしまった、なんてよく聞く話です。

 「何をしても良いなら、自分の好きなことをすれば良いではないか」とお考えの方もおられるでしょうが、しかし例えば、手前味噌で恐縮ですが、ゲームが好きな私に(時間的にも金銭的にも)自由が与えられたら、私は好きなだけゲームをし、あるいは好きなようにゲームを作ることでしょうが、遊んだゲームの楽しさを共有できる仲間がいなかったり、作ったゲームを楽しんでくれる仲間がいなかったならば、その自由には何の意味もないことになります。

 つまりある程度の制約がないと、自由は単に人を迷走させるだけのものになってしまうのです。先のゲームの例で考えれば、「自由にゲームに触れることが出来るが、それを分かち合える人がいる(つまり制約)」時こそ、人は心から自由を謳歌していることになるでしょう。したがって、「人生」は自由ですが、それを謳歌するにはある程度の制約があり、それを乗り越えた時に意味を持つ、と言えるでしょう。

 今回ご紹介する「ハクメイとミコチ」は、「自由を謳歌するにはどうするべきか」を示してくれる作品だと思います。それでは作品の概略をご紹介しましょう。

 

 

 森の奥、大きな木の根元の家に、「ハクメイ」「ミコチ」という2人のこびとの女性が住んでいます。ハクメイは栗色くせ毛でアクティブな行動派。修理屋と大工を仕事にしています。ミコチは黒髪ストレートで大人しい慎重派。裁縫や調理を仕事にしています。ハクメイはイタチの「イワシ」と大工仕事に励んだり、居酒屋の女将「シナト」と酒を飲みながら博打に興じたりしています。またミコチはアナグマの「スズミ」の営む商店に加工食品を卸したり、街へ買い出しに行き喫茶店の「マスター」とくつろいだりしています。2人は時折散策に出かけ、生命研究者の「セン」や、吟遊詩人の「コンジュ」に出会い、交流を深めます。そして2人は時はのんびりと過ごし、時には仕事に没頭しながら、何気ない毎日を過ごしているのです。

 

 

 さてハクメイやミコチをはじめとしたこびと達や生き物達は、当然のことながら私達人間よりも体が小さいです。これが何を意味するのかと言うと、彼らが生存する上で必要な食糧や水は、森に行けばいくらでも大量に手に入る、という点です。実際、ハクメイはミコチに出会うまでは野宿生活をしており、「実に楽しかった」と語っています。

 つまりただ生きるだけであれば、彼らは何も仕事をする必要はなく、森へ食糧となる果実(普通の大きさでも、こびとの彼らにとっては巨大である)や川の水を汲んでくれば良いだけの話なのです。しかし彼らは必ず何かしらの仕事に就いています。先述の人物紹介を見ていただければ分かるように、彼ら「こびと世界」にはしっかりとした文化、もっと言えば文明が存在します。ですから彼らが仕事をするのは、その文明を維持するためだ、と考えることも出来ます。

 しかし実際の彼らの仕事ぶりを見ると、そのような匂いはしません。確かにハクメイが営む修理屋のように、「少々困った事態が起きたから対処する」という理由から仕事しているという場面もありますが、仕事をしている彼らの大半は「好きだからやっている」ようにしか見えないのです。

 例えばハクメイは工作や運動が好きなので大工仕事をしているように見えます。またミコチの料理と裁縫に対する情熱は相当なもので、それが高じて仕事となっているように見えます。これは他の登場人物(?)にも当てはまることで、吟遊詩人のコンジュは「歌うのが好きだから歌を歌うことを仕事としている」ようですし、生命研究者のセンはひたすら生命についての研究を続けています(この場合は最早仕事とは呼べないかもしれませんが)。

 

 結局、こびと世界の住人はもれなく「好きなことを仕事にしている」と言えます。いや、むしろ「好きなことをしているうちに仕事になった」と捉えるべきでしょう。嫌々仕事をしている者はいませんし、むしろ気が乗らなければ仕事をしません。実はこの「気が向かなければ仕事をしない」という点が重要なのです。

 先述したように、こびと世界において「生存する」という意味では、仕事はあまり重要なものではありません。そして仕事は「好きなことをしているうちに仕事になった」のです。つまりこびと世界では、仕事とはその人物のアイデンティティであり、その人物が何を得意としているのかを示すものだと言えます。ですから「気が向かないから仕事をしない」というスタンスも成り立ちます。何故なら、仕事はあくまでも特技を示しているだけで、そこには義務は存在しないからです。

 しかし好きな仕事だからこそ、いざやるとなると、その姿勢は真剣そのものです。それは当然のことで、好きでやっていることなので、しかもやりたくてやっていることなのですから、義務とは最も遠い位置にいるからです。そしてこの真剣さは己の向上心にも結びついていますし、同業者への信頼とも深い関係があります。

 例えば、ハクメイが街道の補修工事に参加しようと大工組合を訪ねますが、頭のナライは追い返します。それでもハクメイは自分が出来ることはないかと、補修現場で作業員の補助を買って出て、現場の様子も頭に刻みます。この姿勢を受けて、ナライはハクメイに補修工事の参加を許可し、最終的には全幅の信頼を寄せるようになります。

 

 つまり好きなことを仕事にしているからこそ、その仕事に対する姿勢や誇りは人一倍であり、それが同業者や発注者への信頼にもなっているということなのです。この信頼を得ることこそが、冒頭の「自由の中の制約」と言えるでしょう。ですから、こびと世界の住人達は自由に生き、好きなことに没頭していますが、その真剣さが他者に伝わって信頼となった時に、はじめて「仕事になった」と言えるのかもしれません。

 そしてこびと世界における仕事は「アイデンティティ」ですから、「○○の仕事を営む××」として他者に認識されることで、自分が何者なのかを知ることになります。「自分が何者なのかを知る」ことは、世界における自分の立ち位置を知ることですから、自分の存在が世界に(つまり他者に)どのような影響を与えているのか、あるいは世界のどの部分を自分は占めているのかを知ることになります。

 そして「世界に影響を与えている」ということは、世界とは他ならぬ他者のことですから、他者の思考に影響を及ぼすことであり、思考とは意味の操作に他なりません。つまり自分の存在にはっきりとした意味を持っているからこそ、他者の思考、意味の操作に影響を与えられるのです。そして自分の存在に意味があるということは、取りも直さず「人生が意味を持った」ことを示していると言えるでしょう。

 だからと言って、私は「一生懸命働け」というつもりではありません。何度も言うようですが、こびと世界での仕事はその人の特徴、趣味嗜好でしかありません。結局、好きなことをどれだけ熱心に出来るか、ということなのです。そしてその熱心さが他者に伝わり、信頼、あるいは共感を得られるか、ということなのです。その結果、他者の思考に影響を与えることが出来れば、その時こそ、「自由を謳歌した」と言え、「人生に意味がある」と言えるのです。

 

 このように、こびと世界の文明は、好きなことをしている者達が集まり、互いに真剣さを認め合い、互いに信頼した結果、形作られた物であるように思えます。そしてそれは森の豊かな実りに支えられたものであることを忘れてはなりません。限られたエネルギーを取り合う、私達人間社会には到底成立し得ない、ユートピアであると言えるでしょう。ですから、もし私達人間にも何かしらの豊かな実りがもたらされれば、あるいは…。しかし、それは誰にも分かりません。

 

 

 …さて、この作品の概念的内容ばかり取り上げてしまいましたが、正直この作品の描画を見ると、これまでの御託がどうでもよくなります。非常に細かい書き込みと表現力は素晴らしく、作中に出てくるさりげない小物まで丁寧に描かれ、眺めているだけでも非常に楽しくなります。何よりも出てくる食べ物が本当に美味そうで参ります。

 また登場人物の造形も良く練られていて、ハクメイやミコチをはじめとしたこびと達は皆かわいらしく、逆にイタチのイワシや森のフクロウなどの野生生物には凄みを感じるほどに精密に描かれています。そして全ての登場人物のキャラクターがどれも立っていて、正直、脇役は1人もいないと言って良いほど、魅力的な人格を備えています(私はハクメイとミコチとイワシが好きです)。

 そして物語は私が述べたようなクソ面倒くさい屁理屈などなく、牧歌的でのんびりとしたお話や、ドキドキするようなお話など、バリエーションに富んでいます。そしてそれぞれの「好きなこと」を駆使して、新たな人間関係を築いたり、難問を乗り越えたりしているのです。まさに寝物語には打ってつけ。こちらで雰囲気を味わっていただき、是非書店で手に取っていただければと思います。


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todome

過去のホームページ時代より寄稿させていただいておりましたが、とある作品を完結させぬままに十数年すっかり忘れ、この度親方の号令により、再び参加と相成りました、todomeと申します。 主に小話を寄稿させておりますが、マンガ、ゲームにつきましても、今後ご紹介させていただこうかと思っております。どうぞお付き合いください。

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