単発思い付き投げやり小話 「おいしいもの」

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  遊山は車から降り、目の前の建物を一瞥すると、付き人の中山に言った。

「中山、ここが今日の昼食の場所か?どう見てもラーメン屋のようだが?」

  すると中山は恐縮しつつ「はい、少々下卑たものではございますが…」と応えた。

  ふん、と遊山は鼻を鳴らすと、ずんずんとのれんをくぐり、カウンターのど真ん中の席にどかりと座った。そこへ慌てて店主が駆け寄って、カウンター越しにお冷を差し出す。そして続けて「何にしましょう?」と怯えた目で尋ねてきた。

  遊山はぐるりと店内を見回した。読み古されたジャンプ、今時珍しいピンク電話、あぁやっぱりの東スポ、そして「トイレは入口を出て左です」の文字、そして何よりも厨房奥の寸胴から漂う匂いだ。どう考えてもここで美味い物が食べられるとは思えない。

 「お前が一番自信のある料理を持ってこい…。」

  遊山は店主にそれだけを命じた。すぐさま店主は厨房奥へとスッ飛んで行く。お冷はやはりカルキ臭く、途中で飲むのを止め、中山がおずおずと勧める大昔のジャンプを受け取り、それを流し読みしながら遊山は待った。

  悟空が仙豆を一粒食べ、満腹気に「ぷぅ」とおくびを出した所で、「お待たせしました」と店主が料理を運んできた。中山がそれを受け取り、慎重に遊山の前に置く。遊山は目を疑った。

 どす黒い汁に真っ黄色の麺、パッサパサの焼き豚と異臭のするメンマ、しなしなの焼き海苔にひしゃげたネギ。これは何だ?ラーメンか?いや、食べ物なのか?遊山は混乱した。そこへ中山がもう一つの器を遊山の前に置いた。そこへ中山がもう一つ器を置いた。茶碗に盛られた白飯だった。

「中山。」

「はい。」

「これはなんだ。」

「は、ラーメンライスでございます。」

「そうか、これは、やはり、ラーメンライスなのか…!」

  ラーメンライス…!なんと下卑た食べ物…!米を頬張り、そこへ麺とスープを流し込み、クッチャクッチャ食べ散らかす、品位も知性も栄養バランスもない食べ物。遊山にとって、それは唾棄すべき物体であった。遊山は眉間に深いシワを寄せて、目の前のラーメンライス(タクアン付)を凝視した、いや睨み付けた。その様子を中山と店主がじっと見守る。

  ふと、遊山は目を瞑り、ラーメンライスの匂いを嗅いだ。風味と言う言葉があるように、味覚の大半は嗅覚がカギを握ると言う。遊山は敢えて目を瞑り、匂いだけを嗅ぐことで、視覚による先入観を捨てようとしたのだ。果たして遊山は戦慄した。路地裏のゴミバケツの奥に、何か香しい、光るものがある…!

  遊山はカッと目を見開き、茶碗を掴むと白飯を掻き込んだ。途端に鼻を抜ける果実のような香りと舌の上で広がる柔らかな甘味が全身を電気のように貫いた。なんだ、なんだなんだなんだなんだこれはッ!

「主を呼べぃ!」

  遊山は思わず叫んだ。すると顔中に米粒をくっつけた店主がおずおずと手を挙げ、「先程からここにおりますが…」と、やはり怯えた目で応えた。遊山は焦点の合わない目で店主を見つめると、それまで険しい表情が、一転、柔和なものへと変化した。

「そうか、板前が変わったのだな。道理で先程と味が段違いに違う。」

  遊山は満足気に独りごちる。店主は一層怯えた目で「あの、ずっと私一人ですが…」と言ったのだが、もちろん遊山には聞こえていない。穏やかな表情で、そう、まるで夢見る少女のような表情で、聞かれてもいないのに解説を始めた。

「この米は新潟県産の『ヤサカニノマガタマ』だ。甘味と粘り気、それにツヤを極限まで追求した遺伝子操作米で、ざっくり言うと違法作物なのだが、そんなことはどうでもいい。見ろ、この輝き…!まるで小鼻のテカリのようではないか。そしてこの味、喉が焼けるような甘味に、窒息しそうなほどに飲み込みにくい粘りだ。あぁ、この香り…。まるで母の乳房のようではないか。母さん、僕が、僕が悪い子でした!」

  相当遠い所に遊山は行っていたが、はっと我に返ると厨房の奥に向かって声を掛けた。

「Ⅳ郎、そこにいるのだろう。出てきてはどうだ。」

  その声に応えて、奥から一人の男が姿を現す。誰であろう東北東西南西新聞社のY・真央可・Ⅳ郎であった。

「どうだ、美味い米だろう。」

  Ⅳ郎は競馬新聞に目を落としたまま、棒読み気味に遊山に声を掛けた。遊山はもう一口米を噛みしめてから言った。

「この店主にこれほどの米は準備出来ない。それこそお前の入れ知恵だ、そうだろう。」

「うん。」とⅣ郎は新聞に何やら赤丸を付けながら、気もなく返事をした。遊山は続ける。

「ここのラーメンは酷い。喰えたものじゃない。というか食い物ですらない。しかしこの米は別だ。これこそが究極であり、至高の名にふさわしいものだ。この米があってこそ、このラーメンライスは成立する。いや、ラーメンはこの米の引き立て役に過ぎんのだ。いや?むしろ無くていいんじゃないか?どうなんだ、Ⅳ郎?」

「うん、無くていいな。おぉ、無くていい。」とⅣ郎は財布の中身を勘定しながら、自動的に返答した。

  遊山は白飯を全て平らげ、Ⅳ郎を見据え、言った。

「Ⅳ郎、これで勝ったと思うなよ。これはこの米が美味かったからだ。つまり米の手柄だ。お前じゃない。」

「炊いたのはオレだけどね。」

「主ッ!以後精進しろ!うわっはっはっはっはっ!」

  高らかに笑い、遊山は店を後にした。Ⅳ郎は中山から少々の金を無心し、中山はため息を吐きながら勘定を済ませた。

  そして、店内には店主と、手の付けられていないのびきったラーメンだけが残った。

「あの、オレのラーメンは…?」

  誰も答えなかった。

 

 

  ‐ 完結 ‐

 


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todome

過去のホームページ時代より寄稿させていただいておりましたが、とある作品を完結させぬままに十数年すっかり忘れ、この度親方の号令により、再び参加と相成りました、todomeと申します。 主に小話を寄稿させておりますが、マンガ、ゲームにつきましても、今後ご紹介させていただこうかと思っております。どうぞお付き合いください。

コメント

  1. galthie より:
    いやぁ、この感覚なつかしいですな。 大学時代のタンメン大盛りに戦いを挑む「todome」氏が懐かしい。 そして、この文面も懐かしかったです。 アップありがとうございました。
    • todome より:
      どうもありがとうございます。タイトル通り、思い付きと勢いでやっちまったので、IV郎のキャラが変ですね。
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