今回はおよそ半世紀前のSF作家、コードウェイナー・スミスの「スキャナーに生きがいはない」をご紹介したいと思います。…といっても、SFを耽溺している方ならとっくの昔にご存知で、それほどSFに詳しくない私が口を出すのは憚られるとは思いますが、ズブの素人でも大変面白かったということで、お耳汚しをお許し願いたいと思います。
コードウェイナー・スミスは、主に人類の未来史である「人類補完機構シリーズ」を執筆しまして(というか著作のほとんどはこのシリーズであるらしい)、その特異で奇怪な世界観とどこか突き放したストーリーテリングで、熱狂的なファンを獲得しました。
その他、細かい来歴は本作の序文に任せるとして、この「人類補完機構シリーズ」は、実はこれまでに様々な単行本に収録されています。しかしそれらはまとまった形ではなく、様々な単行本をまたいでコマ切れになっておりまして、中には既に絶版の単行本も少なくないのです。そこでこの度、「人類補完機構シリーズ」の全作品を全3巻にまとめてしまおうと企画され、本作「スキャナーに生きがいはない」は、その第1巻なのであります。
さて先にズブの素人と申しましたように、私はこの作家をつい最近まで全く知りませんでした。じゃあ何故知ったのかと言えば、例の熱帯雨林、ではなく、珍しくリアル書店をふらついている時に、全く偶然目に入ったのでした。私は表紙や帯だけを見て惹かれることはあまりないのですが、しかしこの本に関しては強く惹かれました。何故なら帯には、
「人類補完機構全短編 ~SF史上、最も美しく、最も残酷で、最も知られた未来史~」
とあったのです。…なんかスゲェ面白そう!…でも「最も知られた」わりには、私、この人全然知らないな(私がポンコツなだけですが)。いや、「人類補完機構」に似た言葉を、昔どっかで聞いたな…。
そうそう、思い返すこと十数年前、「いにしえゲーム血風録 -メタルブラック編- 」で登場した「二次元大好き氏」の下宿で聞いたな。彼はアニメやゲームが大好きで、当時社会現象になった「新世紀エヴァンゲリオン」もしっかりチェックしてました。彼は熱っぽく内容を語ってくれましたが、その中に「人類補完計画」という単語がありました。
ストーリーの中ではかなり重要なファクターのようですが、私はアニメを見たことがありませんでしたし、それよりも彼の所蔵する「メタルブラック」や「ダライアスⅡ」の方に目が行ってしまって、今ひとつピンと来なかったのです。そしてただ「そんな単語を聞いた」という記憶だけが残ったのです。
…ということで、エヴァの「人類補完計画」は、この「人類補完機構」が元ネタなのかしら(どうもそうらしい)。しかし私は未だにエヴァを見たことがありませんから、関係性なぞ分かりっこありません。が、そういうのを差っ引いても、「美しい」、「残酷」、「未来史」…!あぁ、なんだか耽美な香りがします!
ということで、とっとと買ってしまったのが本書なわけで、先述の通り、メチャクチャ面白かったので、釈迦に説法を覚悟でご紹介させてほしい、と思った次第であります。
先述のように「人類補完機構シリーズ」は未来史であり、第二次世界大戦の最中の1940年代から遥か未来である西暦16000年までを描いたものです。基本的に短編によって各時代が語られるのですが、各作品は作中の時系列通りに発表されたわけではなく、時系列が全くバラバラだったそうです。
そこで今回、「人類補完機構シリーズ」の全短編を編纂するにあたり、初めての方でも時代の流れが理解しやすいように、作中の時系列通りに並べたそうです。もっとも作者が亡くなっているので正確な時系列になっているかは不明らしいのですが、ともあれ、まさに初心者の私にピッタリです。
そして先述の通り、本作「スキャナーに生きがいはない」はその第1巻にあたり、未来史のうちの1940年代から西暦13000年頃の話を収録しているのです。
さて、本シリーズの中心となっている「人類補完機構」ですが、この機構の最大の目的は「人類の存続」であります。何故そのような機構が設立されることになったのか?それには本作に収録された物語を紹介するのが一番なのですが、しかしこれほどネタバレが憚られる作品もないので、本作に収録された15編のうち、いくつかの短編の概略のみをお話ししたいと思います。
・無限世界へ (西暦1940年代)
ソビエトが秘密裏に開発している装置、それは人間の脳波を読み取るものだった。開発者ロゴフは自らを被験者として、装置の試運転に挑むが…。
・マーク・エルフ (西暦4000年代)
度重なる戦争と環境汚染のため、地球上は広大な荒野が広がり、無数の無人殺戮兵器が闊歩していた。そこへ戦火を避けて宇宙へ逃れていた女性が、実に3000年ぶりに地上に降り立つ…。
・スキャナーに生きがいはない (西暦6000年代)
人類は深宇宙への進出を果たしたが、しかし宇宙の虚空には人間の肉体と精神を破壊する苦痛に満ちていた。これを克服するため、神経系を改造した人間、「スキャナー」が宇宙船の舵を取る。そこへ虚空の苦痛を遮断する、新たな技術が生み出されたというが…。
・青をこころに、一、二と数えよ (西暦8000年代)
恒星間航行が日常的になった時代。人類は新天地を求めて、様々な惑星へと旅立っていく。そのあまりにも長い宇宙旅行には、ある1つの心理的問題があった…。
・鼠と竜のゲーム (西暦9000年代)
虚空の苦痛を克服した人類ではあったが、しかし虚空の恐怖はそれだけではなかった。それは「敵意」としか呼ぶことが出来ない存在で、遭遇すれば死を免れない。人類はあるパートナーと共に、恐るべき「敵意」に挑む…。
・スズダル中佐の犯罪と栄光 (西暦13000年代)
深宇宙への探査を命じられたスズダル中佐は、途中救難カプセルを見つける。そこには植民惑星での悲惨な疫病の様子が訴えられていた。急遽その惑星へと向かう中佐であったが、しかしメッセージは偽りのものだった…。
…おわかりでしょうか。上記「マーク・エルフ」にありますように、この未来史では、人類は戦争と環境破壊のために、滅亡寸前にまで追い詰められたのです。そこで「二度と滅亡の危機に瀕さぬよう、平和維持、および人類の進歩を補佐する」ために生み出されたのが「人類補完機構」というわけなのです。
滅亡の危機を脱してから、人類は宇宙へと進出していきますが、そこには計り知れない困難が待ち受けています。それらを新技術によって克服していく過程がこのシリーズの骨子なのですが、これら新技術の裏には、ある種冷徹なまでの人類補完機構による先導があるのです。この点は上記の「スキャナーに生きがいはない」のように人体改造をも厭わない姿勢にも表れています。
しかしながら、本シリーズは情緒や感傷に非常に富んでいます。人類の発展のために、人類補完機構は時に残酷な判断を下すのですが、それゆえに、人間の心の描写は非常に丁寧で、香り高く物語を包み込みます。そしてこれら熱い人間の心と冷たい科学技術が絡み合うことで、読者は登場人物に対してこれまでにない感情移入をすることになるのです。
もちろんそれは、登場人物のほとんどが困難に直面していることもありますが、むしろ彼らがその困難に正面から立ち向かう勇気と、人間としての誇りを持っているからのように思えます。「困難に毅然と立ち向かう姿勢」、「他者を思いやり、夢を追い求める心」、そして「人類の英知である科学技術」を携えて広大で危険な深宇宙を前にした時、登場人物は血肉を持った生命となり、しかもその内面に直に触れているようで、読者を強く惹き付けます。そしてこの「勇気と誇り」こそが、人類補完機構が最も守りたかったもののように思えてなりません。
補完機構に導かれ、人類はどのような歴史を歩んでいくのか?もはや私の筆では伝え切ることは出来ません。是非機会があれば手に取っていただきたいと思います。現在は書籍、Kindle版があり、お好きな形で楽しむことが出来ます。
そして本シリーズは第2巻(西暦14000年~西暦16000年)まで出版されましたが、第3巻が1年経ってもまだ出ません。…これはもしや、1巻と2巻の売れ行きが悪くて中止になったとか?私がこのブログで何か紹介すると、その作品は打ち切りになったりする傾向があるので、非常に嫌な予感がしますが、気長に待つことにしましょう。
どうぞ美しくも奇怪な人類の未来をお楽しみください。
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