いつもは熱帯雨林で本を物色している私ですが、実のところ、本漁りの多くの時間を費やしているのはリアル本屋なのであります。確かに熱帯雨林にはリアル本屋を遥かに凌ぐ蔵書量がありますし、実際に読んだ方からのたくさんのレビューを参考にすることが出来ます。何より部屋でゴロゴロしながら本を探せるという自堕落天国は素晴らしいものがあります。
しかしさしもの熱帯雨林でもリアル本屋に適わない点があります。すなわち「中身をちょっと読んでみる」であります。マンガならばネットでも試読は出来ますが、小説はどうやら試読は出来ないらしいです(そんなサイトは見たことない)。まぁ、一応作品の簡単な説明はありますし、先述のように海千山千魑魅魍魎有象無象の(無礼)意見を参考にすることは出来ます。
が、やはり実物を手に取って、中身をパラパラめくる楽しさにはかないません。特に巻末の解説は、場合によってはネタバレ直撃の危険はありますが、上手な解説者は面白そうな雰囲気をプンプンさせつつも、上手に内容を隠してくれていますから、案外購入の手助けとなるものなのです。そして今回ご紹介する今日泊亜蘭氏の「海王星市から来た男/縹渺譚」も、そんな解説の上手さに惹かれて手に取った作品であります。
さて今日泊亜蘭氏ですが、私は少々SFを読みますが、しかし氏の名前はまるで聞いたことがありませんでした。しかし裏表紙の惹句曰く、
「日本SFの黎明期にいちはやく長編を発表し、その後も無尽の博識と自在な語り口で存在を示した天才作家」
とあり、なんでも日本SF界の長老と呼ばれる方だそうで、まがりなりにもSF好きであるならば知らないことなど有り得ない大御所らしく、しかし私は不朽で異色の名作SF「人類補完機構シリーズ」の著者であるコードウェイナー・スミス氏の名前もつい最近知ったばかりのボンクラですから、世の中分からないものです(なにが?)。
ともあれ、日本のSFといえばタイムマシンでお馴染みの広瀬正氏やショート大好き星新一氏などの、ちょっと昔の作品ばっかり読んでいる私としては(したがって最近の日本SFはまったく知りません)、日本のSFの始祖と聞いては黙っていられません。早速書架からひったくって持ち帰り(ちゃんと代金は払いましたよ)、先日読了いたしましたので、少々感想をお話させてください。
本作は短編集でして、過去に出版された作品集「海王星市から来た男」と「縹渺譚」の2冊を合わせたもので、平たく言えば短編集であります。さて内容なんですが、巻末の解説者が頑張ってくれたのに、ここでネタバレをしてしまう愚を犯す訳にはいきませんから、ここでは一切収録作品の内容には触れません。ですからここからお話するのは、全編読み通しての「今日泊亜蘭氏に対する印象」ということになります。
まず文章が抜群に上手いです。物書きなのですから文章が上手いのは当たり前だろうとお考えの方もいらっしゃるでしょうが、今日泊氏の文章はキレイで読みやすいことはもちろん、状況描写や心理描写は非常に分かりやすく、果ては登場人物の会話のテンポは丁々発止と来てますから、言葉は悪いですがそこら辺にいる凡百の物書きとはもはや次元が違います。このような文章の書き方はおいそれと学んで身に付くものでありませんから、凡庸ですが、氏はまぎれもなく抜群のセンスを持った、まさに天才だったのでしょう。
また先の惹句にもありましたが、今日泊氏は恐ろしく博覧強記の方だったらしく、そのにじみ出るような教養が作品のあちらこちらで披露され、物語のリアリティを凄まじく高めています。
例えば本書に収められた作品群はどれも日本が舞台なのですが、東京や大阪などの大都市ではなく、東北や北海道などの地方が選ばれています。したがって方言による会話が多いのですが、これが実に流れるような、「今日泊先生の故郷の方言なんじゃねぇか?」と疑うほど流麗に方言が披露されています。
また地方の風俗なども細かく描写されていますし、明治・大正時代の営みも詳細に描かれています。もちろんSFですから、科学的考証も実に堅固であります。かと言って、それらは決してペダンティックではなく、あくまでも書き割り、舞台装置に徹しているところが清々しいです。
「フィクションであるからこそ、リアリティが必要である」という言葉がありますが、今日泊氏の文章はまさにそれ。化学、民俗学、歴史学、舞台芸術、オカルトなど、氏は実に広い見聞を持っていたことが窺われ、それがこれらの作品のリアリティを支えていたと言えるでしょう。
また構成が非常に優れていて、どの作品も「起」である冒頭において読者に若干に違和感を抱かせます。つまり作品のキモである着想のシッポを巧みに掴ませるのです。
そこへ先述の抜群の筆致によって畳み掛けるように物語を転がして、読者を一気に「承転結」へとなだれ込ませます。そのくせ語り忘れや矛盾はなく、実にスマートに結末へと至る手腕は、やっぱり凡庸ですが天才のなせる技でしょう。
とはいえ、収録された作品のほとんどは40年以上前に書かれたものであり、発表当時は相当の衝撃があったと想像されますが、現在の私達が読むには少々目新しさがないというのも事実です。
しかしそれは、氏の着想が日本のSFにおいて連綿と受け継がれた証拠でもあると思います。現在の私達が見飽きた、それは即ち、日本のSFにおけるベーシックとなったということです。本書はそのような、いわば日本のSFのクラシック、というかオリジンに触れる良い機会であると思えます。
また巻末の2編はなんと推理小説(というか人情噺)なのですが、これがまたベラボウに面白いです。いやぁ、この人は何でも書けるんですよ、きっと。今日泊氏にはSFだけでなく、色々なジャンルの作品を書いてほしかったなァ…と今更ながら残念に思います。
ということで、本書の発行は2017年と相変わらず周回遅れの私ですが、SF好きの方であればとてもとてもオススメです。一応熱帯雨林へのリンクを張りますが、レビューは3つしかありませんし、作品解説もごく短いです。文庫のクセに結構なお値段がしますが、なかなか分厚くタップリ楽しめますよ。
あ、もう1つ。この方、カタカナの使い方がとても心地よいです。なんか夢野久作氏を思い出しました。そういう古き良き日本の小説ですよ。是非どうぞ。
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