かつて雑誌モーニングには恐ろしい4コママンガが存在しました。舞台こそ現代の下町ですが、その内容は「徹底して背景を排除し、どこまでも白い構図」と、「極限までディフォルメ化され、かつその個性は常軌を逸し、でも結構常識人なキャラクター群」と、そして「シュールなんだか力技なんだか分からないネタの数々」でした。
初めはそのある種スッカスカの見た目に「手抜きか?」とすら思う作風ですが、読み続けるうちに簡素なはずのキャラクターに深い魅力を感じ、実は奥深いネタに扁桃体まで憑りつかれ、あれあれスッカリその作品世界にドップリと浸かり、気が付けばモーニング掲載のどのマンガよりも先に読んでしまうという、戦慄の中毒性を持っていたのでした。作品名は「エレキング」。作者は大橋ツヨシ氏でした。
大橋氏は自らも「21年に一人の天才」と豪語するように、これまでも既存の4コママンガを全く無視した作品を発表してきました。留守番中の少年の対応がひたすら続く「るすばんの達人」、下ネタオンパレード「けものへん」、自由人達の青春讃歌「プ~一族」、そして大橋氏の名を広く轟かせた、全然サラリーマンじゃないサラリーマン4コマ「かいしゃいんのメロディー」と、どれもどうかしているものばかりでした(憧憬と畏怖の意味で)。
そして誰もが「何故?」と思ったに違いない「3DCGアニメ化」の後、「エレキング」は惜しまれつつ終了しました(一応「第一部・完」ということにはなっている)。その後、大橋氏は連載を持つことなく、放浪の旅に出た充電期間に入ったのでした。しかし2014年春、大橋ツヨシ氏は「大橋つよし」と名を改め、これまでは青年誌専門だったのに、なんと少年誌で新連載を開始しました。それが今回ご紹介する「ねこたん」なのです。物語はこんな語りから始まります。
「ある町のある古いアパートに小さな探偵事務所がありました。探偵といってもおじいさんが1人。町の人たちのよろず相談にのるような事務所でした。おじいさんはねこが好きで、ご縁のあったのら猫をひろって、その2匹と一緒に暮らしていました。ある日、おじいさんは天国へ困っている人がいないか、探しに行ってしまいました。残されたねこたちは、おじいさんの留守を守るために、おじいさんへの恩返しのために、小さな探偵事務所を継いで、ねこの探偵「ねこたん」になりました(1巻3ページ)。」
…しんみりとする前口上から始まる物語からは、可愛らしいねこ達のいじましい奮闘や涙なくして読めない人情話が想像されますが(つまりある意味「萌え」)、しかし予想通り、これまで同様バカなので、我々は一安心です。それでは登場人物(?)と物語内容のご紹介と参りましょう。
事務所に残された2匹のねこはおじいさんの帽子をかぶった「所長」とおじいさんの腹巻を着た「助手」として、探偵事務所を切り盛りしています。しかし基本的に寝てるか、おやつを食ってるか、近所の小学生「ふみかちゃん」とムダ話をしているかです。その他、探偵事務所のあるアパートの「大家さん」やその孫の「アカリちゃん」、近所の中華料理屋「あきれす軒」の出前持ち「トントン」なども顔を出し、やっぱりムダ話を交わします。何しろ先代が「よろず相談」を受けていたのですから、ショッキングな事件など有り得ないのです。
さてそれでも一応「探偵事務所」の看板を掲げているので、時折依頼人がやってきます。非常に同情を禁じえませんが、しかしその依頼が「ラブレターを取り返したい」、「塀の落書きの犯人を捜したい」ならまだしも、「ダイエットしたい」、「スズメバチの巣を取ってほしい」、「歯が痛いのだがどうすればいいか」など、もはや探偵でもなんでもない依頼がほとんどなので、所長たちにも同情を禁じえません。
ともあれ、大事件とは言わないけれど、それなりの騒動が起きます。そして一応の解決を見るわけです。これだとまるで「サザエさん」ですが、しかしそこは大橋氏です、登場人物全員がボケとツッコミを担当し、物語がみるみる横滑りをしていきます。結果、物語自体を破壊しかねない「オチ」へと突っ走らせ、読者を唖然とさせて終幕となるです。
と、このように大橋氏は少年誌に場所を移しても相変わらずでした。しかしやはり少年誌ということもあり、ネタはかなり分かりやすいものになっていて、実際大橋氏も「『分かりやすく』を心掛けた」ようです。しかし「エレキング」のような「思考が停止するネタ」に溺れた「中毒になっちゃったボクら」には少々物足りなく感じたのも事実でした。実際、某書籍通販サイトでも「少年誌を甘く見ているのでは」という辛辣な意見もありました。しかしそれでも大橋節健在を目の当たりにした多くのファンは、氏の再始動を心から喜んだのでした。
…と、ここまでなら誰も驚きません。ともすればここで紹介しなかったでしょう。しかしこの度2巻が刊行され、内容を見た私は驚愕しました。そこには「少年誌だから分かりやすく」という手加減がなくなっていました。そう、まるであの「エレキング」のような、切っ先鋭いテイストになっていたのです…!
依頼内容こそ「旦那の浮気」から「割りばしが上手く割れない」とごくフツーですが、やがて探偵もたまにしかしなくなり、ほとんど所長と助手と近所の人達のヘンな日常観察へと移行、ボケとツッコミも「少年誌でこのネタは大丈夫なのか」と心配になるほどシュールかつ落語的な熟して渋いものになり、時にはホロリとさせる泣かせまで紛れ込ませちゃって、これはもはや新たな「エレキング」じゃないのかと思うような代物になっていました。
思うに、大橋氏にとって1巻はまだ少年誌に対する「探り」の段階だったのかもしれません。ですから少々物足りなく感じたネタも、実は大橋氏にとってはかなりの冒険だったのかもしれません。しかしそれが通用する、それどころか「おとなしい」とまで言われたことで、大橋氏はオーバースローのフルスイングをする覚悟をしたのでしょう。それが2巻の炸裂っぷりだと思います。
さぁ、こうなってはもう大橋つよし氏を止めることは(良い意味で)出来ません。事実上の「第二部」が始まってしまった以上、もう業物の日本刀を振りまわす勢いで、今後の連載を邁進していくに違いありません。こちらで嵐の前の静けさである1巻冒頭が試し読み出来ますので、是非一度大橋ワールドを体感していただきたいと思います。
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