以前ご紹介した芦奈野ひとし氏の「コトノバドライブ」の3巻が出まして(と言ってもかなり前ですが)、今回もとても面白く、さて他の方々はどんな感想をお持ちだろうか、と例の如く、某書籍通販サイトを訪れました。皆さん好評のようで、次巻が待たれる次第であります(7件しかコメントなかったけど)。
さて、何の気になしに同じく芦奈野ひとし氏の作品「ヨコハマ買い出し紀行」(私はこの作品が大好きです)のページも見に行ってみますと、そこで恒例の「こんなのもありますよ」と他の作品も勧められます。そこで見つけたのが大石まさる氏で、氏の作品である「水惑星年代記」は「ヨコハマ~」にテイストの似た作品、というレビューを見て、早速購入して読んでみました。
これがSF好きの私にはズッポリハマり、大石氏がすっかり気に入ってしまった私は、新しく知った作家さんへの私なりの礼儀として、初期作品から読んでみることにしました(なので「水惑星年代記シリーズ」は一旦停止)。それが今回ご紹介する「みずいろ ~パーフェクト~」なのであります(この作品は元々は「みずいろ」全2巻なのですが、「みずいろ ~パーフェクト~」として新装版となって1冊にまとめられ、描き下ろしが1編加えられたものです)。
とある田舎町。高校3年生、最後の夏休みが迫った頃、加藤くんのクラスに東京から転校生の女の子がやってきます。彼女、川上さんはしかし、周囲に溶け込むことなく、退屈そうに外を眺めており、時折学校を抜け出してしまいます。そんなある日、加藤くんは大きな麦わら帽子を被って炎天下を颯爽と歩いていく川上さん見かけます。何だか気になった加藤くんは、こっそり彼女の後を追っていくのです。
太陽の下の川上さんは、学校で見せる姿とはまるで別人でした。明るく微笑み、町行く人の誰にでも声を掛け、誰からも声を掛けられる、生き生きとした川上さんの姿に惹かれる加藤くん。その夜、夕涼みにバイクを走らせる加藤くんは、川辺の崖に人影を見つけます。それは川上さんで、あっという間もなく彼女は飛翔し、するりと水中へ飛び込んでいったのでした…。
これを機に、加藤くんと川上さんの交流が始まります。それは他のクラスメイトや後輩、果ては町の人々を巻き込んでの大きなうねりとなっていきます。え?何のうねりかって?それは「夏を楽しむ」ということなのです。
この作品では、加藤くんと川上さんを始め、全ての登場人物が夏を満喫しています。しかし舞台は田舎町ですから、都会の夏とは違い、里山と清流に囲まれた、昔ながらの日本の夏が繰り広げられます。川遊び、海水浴、小旅行、釣り、山登り、夏祭り…。様々な夏の愉しみが、これでもかと書き連ねられています。
地元民である加藤くんは、地元民であるが故にそれらの楽しさに気付いていませんでしたが、川上さんに付き合って(あるいは振り回されて)日本の夏を味わい、自然というものの美しさ、楽しさ、そして大きさを発見します。そして加藤くんも夏を満喫することに夢中になり、我先にと川釣りや海へと繰り出していくのです。
…と、このように書くと、あたかも「日本の原風景を再発見出来る作品」のような感じがします。実際、確かにそうなのですが、しかしそれは1つの側面に過ぎません。この作品のもう1つのテーマ、それは「今を生きる」ということだと思います。
この作品はひと夏の出来事を描いています。川上さんが転校してきた夏休み前に始まり、加藤くんと川上さんが親しくなっていき、多くの人達と楽しむ夏真っ盛りを過ぎ、そして秋が近付いてきます。その時間の中で登場人物達は「いつか過ぎ去ってしまう夏」を愛おしむように、目の前の夏を存分に楽しんでいます。
しかしこの夏の間に、登場人物それぞれが個人的な出来事に遭遇しています。加藤くんは進路のこと、川上さんは家族のこと、後輩の西野さんは加藤くんへの淡い恋心などで、それらは何らかの結末に至り、それぞれの掛け替えのない体験となっていきます。それは加藤くんや川上さんら学生だけでなく、彼らを見守る大人達も含まれており、大人達もまた、ひと夏の経験からまた一つ大人になっていくのです。
つまり、ただ夏を満喫している一枚絵のように見えますが、この物語の時間は確実に動いています。それは各々が直面する出来事によって巧みに描かれており、だからこそ過ぎゆく時間の中で夏を追いかける姿や、それぞれが出来事に遭遇する姿は非常に躍動的に感じられ、惹き付けられます。
加藤くんが川上さんに惹かれたのも、川上さんが「今しかない夏」を全身で味わっていたからかもしれません。同様に、私が登場人物達の夏の営みをこれほど眩しく、生き生きと感じたのも、やはり彼らが「今しかない夏」を楽しんでいたからなのでしょう。そんな彼らの姿はまさに「今を生きる」姿だと言えると思います。
つまり「その時でしか味わえない体験」をし、「その時でしか遭遇し得ない出来事」に取り組むことで、全ての登場人物が何らかの成長をしているのです。ですからこの物語は「人が成長している瞬間」を切り取った作品とも言えるでしょう。実際、物語を読み進めていくと、各々の直面した出来事がまるで自分の目の前にあるかのように鮮やかに感じられ、それによって成長した彼らの姿もまた、生き生きと心に響くのです。
ですからこの作品は「懐かしい日本の風景」であると同時に「現在を生きる私達」の物語でもあるわけで、「過ぎ去りゆく夏」という時間の流れがあることで、相対的に「今」が強烈にフォーカスされるのです。事実、この「過ぎ去ってしまう夏」は物語の終盤に如実に表現され、それは物語の中核である「夏真っ盛り」を強烈に照らし出し、過ぎ去った夏の1コマで成長した彼らの姿を浮き上がらせてくれます。そして「今を生きる」登場人物の振る舞いを見ることによって、読者である私達は自分自身の「今」を見つめ直さざるを得なくなると思うのです。
思えば、「後でいいや」とか「今は我慢して」とか、何かと後回しにしがちな現代ですが、「今」は「今しかない」です。学生時代は「学生時代の時」しかありませんし、20代~30代の気力体力漲る時は「20代~30代の時」しかありません。また好きな人の側にいるのはまさに「好きな人と一緒にいる時」だけですし、子供がやんちゃざかりで可愛いのも「やんちゃざかりの時」だけなのです。
私達は無意識に、今の状態が永遠に続くと思いがちです。しかしそれはあり得ません。あり得ないことは誰でも知っているはずです。しかしそれを忘れて、色々と後回しにしてしまいます。時には我慢も必要でしょうが、しかしそれだけで良いのでしょうか?我慢して過ぎ去った「今」は、もう戻ってこないです。掛け替えのない「今」を犠牲にしてまで手に入れたいものとは、一体何なのでしょうか?この作品はそんなことを問いかけているように思えます。
…と、説教くさい話になってしまいましたが、そういう事を差っ引いても、この作品は非常に面白いです。夏の遊びが満載で、どれもこれも楽しそうに描かれています。その合間の登場人物達のエピソードが良いアクセントになっており、これが物語の厚みとなっています。
また自然風景の描写がとても丁寧で、広大な空間を感じさせてくれます。この広さが登場人物を包み込み、読者を大自然へと誘ってくれるのです。人物も親しみやすい造形で、柔らかい線で描かれており、何よりもサービスカットが満載です。特に川上さんは開放的過ぎます。でもカラッと健康的なエロスで、爽やかな気分で惚れ惚れと「おぉ~」と唸れます。
書籍版は2008年に刊行されましたが、絶版…なのかな?現在はKindle版が発売されています。が、何せ400ページ程ありますので、その点(ダウンロード時間とか)ご覚悟の程を。それでも皆様の手元に過ぎゆく夏が届けられれば幸いであります。
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