PSと言えば「高画質」「大作」というイメージがありますが、しかし初代PSにはなかなか珍奇な、あるいは尖ったゲームが結構出ていたのです。例えば「太陽のしっぽ」とか「キングスフィールド」とか「カルネージハート」なんかもそうですし、「バロック」なんかもPSでした。どれも良い意味で「どうかしてるゲーム」でしたが、その中でも今回は相当尖ったゲーム「MOON」をご紹介しようと思います。
「一人の少年が夜遅くまでゲームで遊んでいます。母親から『もう寝なさい』と叱られて、渋々布団に入ります。夜中、少年はゲームの電源が入っていることに気が付きます。ぼんやり光るモニターに近づくと、少年はそのまま吸い込まれてしまいます。気が付くと、そこはさっきまで遊んでいたRPGの世界。しかしそこは乱暴な勇者が暴れ回り、無害なモンスターの死体があちこちに転がっていて、また住人達も少々ズレた、どこかおかしな世界でした。そして透明な姿になってしまった少年は、誰からも気が付かれることがありません。しかしたった一人、町はずれに住むおばあさんだけが少年の存在に気が付いてくれて、家に泊めてくれました。その夜、少年は夢の中で月の女王に出会います。元の世界に帰るには、月にある光の扉を開けなければならないこと、そしてそのためにはこの世界に存在する悩み事を解決したり殺されたモンスターの魂を慰める事で得られる『ラヴ』を集めなければならないことを教えられます。目覚めた少年は、おばあさんから服を貰うと、ラヴを求めてこの奇妙な世界へ飛び出していきましたのだったのだった。」
というお話のこのゲーム、一応RPGと銘打ってありますが、システム的にはADVです。画面は見下ろし型で、それこそRPGのフィールド画面のようです。プレイヤーは世界のあちこちを歩き回り、探索していくことになるのですが、プレイヤーには行動可能時間が設定されており、これがなくなる前にベットで眠らなければならず、間に合わないと行き倒れのゲームオーバーとなってしまいます。この行動可能時間、最初は非常に短いですが、ラヴを得る事によりレベルアップし(このあたりがRPG的)、行動可能時間が延長され、結果行動範囲も広がっていき、新たなラヴを得ていく、という訳です(実際、フィールドは相当広大です)。その具体的な方法が、ストーリーにもあるように、住人の悩みを解決するか、殺されたモンスターの魂を慰めるかの2つです。しかしこれがなかなかむつかしく、実はADVと言わしめる由縁でもあるのです。
それというのも、この世界は1週間単位で繰り返され、住人、あるいはモンスターの魂にはこれに沿った「一定の行動サイクルを持っている」という性質にあります。つまり「○曜日の×時に@さんが¥で&をしている」とか「#曜日の!時に%の魂が◆でさまよっている」ということです。ですからプレイヤーは住人やモンスターの魂のタイムスケジュールを把握しておく必要があり、その時を狙って行動を起こし、ラヴを獲得しなければならないのです。またモンスターの魂は慰めることで、死体に戻り蘇生するのですが、それが思いもよらない展開に繋がる場合もあります。このようなタイムスケージュールの繰り返しは、例えば「ムジュラの仮面」のシステムを思い起こしていただければ分かりやすいと思います。
またグラフィックも非常に特徴的で、独特の質感を持っています。いわばクレイアニメを見ているかのような印象を受け、ともすれば不気味とさえ感じるかもしれません。しかし住人達との会話や世界各地を歩き回ることによって、いつしかこれらのグラフィックは強烈な手触りをプレイヤーの心に残します。それは「この世界に居た」という感触です。この感触を得るためには2つのベクトルが存在し、1つは現在のPSのような「現実を忠実に再現した高画質による表現」であり、1つは今回のような「現実感を全く無視しているが、世界観と調和していた表現」です。これはそのゲームの目指す方向性によって使い分けられるべきもので、言うまでもなくどちらが優れている、という次元ではありません。しかし「MOON」の場合は間違いなく後者の手法の方が正解でした。
それは「MOON」が持つ2つの謎に由来します。1つ目はこのゲームの基本システムであるラヴを集める手段であるところの「人の悩み」あるいは「モンスターの魂を慰める」ための方法は何かという、ADVとしての謎です。このある種有機的なもの、つまり血の通ったキャラクターのドラマを描く手段として、クレイ表現は非常に有効だったと言えます。しかしもう1つの謎はこのゲーム全体に及ぶ、非常に大きな謎です。それは「この世界は何なのか」ということです。
この世界のあちこちには「奇盤」と呼ばれる謎の暗号が散在しています。とある施設でその詳細を調べることが出来るのですが、どれもこの世界のことについて述べられたものばかりなのです。そして一部の住人達も、この世界に少なからず疑問を抱いています。驚くべきことに、最初特に考えもなく世界を回っている時には、ごく当たり前の光景に見えたものが、一度この疑問を抱くと、まるで別の印象を抱いている自分に気が付きます。しかもそれはゲームシステムそのものすら対象とする疑問でもあるのです。詳細は書けませんが、この疑問はこのゲームを進める上で最重要のファクターであり、物語の結末を左右するものでもあります。
そしてそのような疑問を抱くためには「この世界に居た」と感じる程の没入感が必要だったと思われるのです。ですからリアルな表現を選ばなかったのは、先の住人とモンスターの有機性を出したかったことに加え、先にも述べたように、この世界観をプレイヤーに深く印象付けるために適していたからだと考えられます。その上で「この世界に対する疑問」を抱かせたかったのでしょう。つまり「ある疑問を抱かせるために、あえてこのようなグラフィックにした」と考えられるのです。
この疑問は多くの人に様々な解釈を促しました。実際、ネット上にはこの作品の様々な解釈が存在しています。肯定、否定、賞賛、非難、神ゲー、あるいはクソゲー。そのどれが正当な解釈で、どれが誤謬に満ちた解釈なのかは、実は決定することが出来ません。このゲームはあらゆる解釈を許した「余白の多い」ゲームだからです。その余白に何を見るか、それはプレイヤー次第です。その余白をどれだけ味わえるかが、このゲームの面白さを左右するでしょう。ですから「MOON」も「MYST」同様に、プレイヤーに積極的な解釈を求めるゲームだったと言えるでしょう。その意味ではクソゲーという判断がされても仕方がないということなのです。
おっと、審議の結果、ボークのようでしたね。それでは試合続行です。
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