「ヨコハマ買い出し紀行」「カブのイサキ」でおなじみの芦奈野ひとし氏の新作「コトノバドライブ」が刊行される、と聞いたのは今年の頭。「ヨコハマ~」は今でも頻繁に読み返す大好きな作品ですし、「カブの~」は明らかに打ち切りを思わせる結末でしたが、飛行機の持つ自由さが印象的な作品で、やっぱり何度も読み返していました(それだけにしっかりと完結させてほしかった)。そんな芦奈野氏の新作というのですから、もう矢も楯も堪らず本屋に走り、即日入手したのでした。
「コトノバドライブ」はのんきな女性主人公「すーちゃん」の日常のお話です。しかしこのすーちゃんにはちょっと不思議な能力があり、時折不思議な光景が見えてしまうのです。それはある場所のかつての光景であったり、あるいはある人の夢であったり、さらには人外の者であったりと、非常に多岐に渡ります。それらの光景は不意に現れ、やはり不意に消えてきます。そしてもちろん、それらの光景はすーちゃんにしか見えないのでした。小さい頃からそのような不思議な風景を見てきたすーちゃんですが、しかし慣れることなく、毎回驚きをもってそれらの光景に対峙します。そして存分に味わい(あるいは逃げ出して)、風景を後にするのです。
このようにすーちゃんは様々な風景を見るのですが、それらはつまり「それを見ていた意識に共感する」と言えると思います。しかしそれは所謂「その風景を見ていた人間の残留思念」というようなものだけではありません。実際、すーちゃんは明らかに「人間ではない、あるいは生物ですらないモノが見た風景」も見ているのです。ですから「それを見ていた意識」とはこの世界を構成する全てのモノなのです。
犬や猫のような少々複雑な生物ならともかく、人間以外の生物に、さらには無生物に「意識」という概念を重ねることに違和感を感じるかもしれません。しかし昆虫、微生物、細菌に意識がない、なんてどうして言えるでしょう。私達人間とは違う意識形態であるが故に、私達には認識出来ないだけかもしれません。さらに無生物について言えば、物質を構成する原子には電子が存在しますが、私達人類の脳髄、つまり意識を制御しているものもまた電子です。ひょっとすると、私達と形は違えど、何らかの意識を持っているのかもしれません。そういえば日本で古来より伝わる八百万の神という考え方があります。石や木、食べ物や道具など、ありとあらゆるモノには神が宿っているという考え方です。この神こそ、実は無生物の持つ意識なのかもしれません。あるいは地球をひとつの生命体と考える「ガイア理論」も引っ張り出せば、この地球自体にも意識があるかもしれません。
ですからあらゆるモノに意識があったとしても、ちっとも不思議ではないかもしれません。そしてすーちゃんはそれらを追体験していると言えるでしょう。すなわちその土地の、その人の、その時代の記憶であり、それを見ていた「モノ」の意識なのです。
もちろん、これらの光景はすーちゃんの見た白昼夢かもしれません。しかし何かを見て、何かしらの心の動きが生じたのだとしたら、その何かが現実であろうと夢であろうと、何の違いがあるでしょう。重要なのは心が動いたことであって、その原因がホンモノかニセモノなんてことは些末なことであり、重要なのはそれをどう噛み砕き、自分の血肉にするかなのです。実際私達は心を動かすために、すなわち感動を求めるゆえに、様々なニセモノを作ってきました。ドラマ、小説、ゲーム、映画、そしてマンガ。しかし誰も「ニセモノだから感動しない」とは言いません。それどころか、それらニセモノから、極端な話、自分の生き方を見つけることすらあります。それと同じことなのです。
すーちゃんは出会った風景を感じたまま、それが実在しているのか、それとも幻想なのかは全く気にせずに、ただ心に留めて、毎日を過ごしているのです。同様に、私達はすーちゃんと共に、それらの風景が現実なのか、それともすーちゃんの幻想なのか追及することなく、ただ眺めていくだけなのです。
この「ただ風景を眺めていく」という構成ゆえに、よくこの作品を「雰囲気だけのマンガだ」という意見を目にします。しかしそれは半分正しく、半分誤りなのです。この作品は「風景」に深くフォーカスした内容なので確かに「雰囲気だけのマンガ」ですが、しかしその風景を味わうことを目的にしていますから「雰囲気だけのマンガ」で充分なのです。
もちろん、全ての人に受け入れられるとは思いませんし、受け入れられないからどうこうという話でもありません。ただ、最近はあまりにも「物語」を求めすぎていないか、とは思っています。人の心を動かすのに、なにもフクザツである必要はないはずです。この作品は昨今の「太りすぎたマンガ」と対極にある、マンガ本来の「絵を楽しむ」ことに特化しているとも言えるかもしれません。
そしてこのたび2巻が刊行されました。すーちゃんにちょっと変わった友達ができ、作品世界が少しずつ、しかし確実に広がっていっています。作品の性質上、劇的な展開はあり得ないでしょうが、しかしこの緩やかな空気を追いかけてみたいと思います。こちらで試読出来ますでの、お気に召しましたら本屋で手に取ってもらえればと思います。
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