「自分はどのようなものなのか」という問題は、アイデンティティの維持において繰り返し自問されるものであります。そしてその問いに答えるために、自己は他者との比較によって認識されるという前提において、「他者はど
…これ前にもやったな。まぁつまり、「ねこたん2巻」を読み終わった私は、いつものように某書籍通販サイトで評価を覗いてみたわけです。で、結果レビューは1件。ハッハー、こいつは笑えるや。でも5つ星。なかなか奇特な方のようです。
さてこの某書籍通販サイトでは「この商品を買った人はこんな商品も買っています」とご丁寧に(商魂逞しく)お勧めしてくださいます。いわゆるウェブデザインにおけるパーソナライゼーションですね。「アンタこれも好きでしょう?」と見透かされている感じが何だか不愉快ですが、しかし実際面白そうな本を見つけることが出来るので困ったものです。そして今回ご紹介する作品「木曜日のフルット」もそんな大企業に良いようにやられた結果出会えた本なのです。ありがとうAmazon!
舞台は現代の下町。定職を持たない自由人「鯨井先輩」とその飼い猫(というか時折エサをやり、部屋に上げているだけ)の「フルット」を中心に、何でもない日常(一部何でもなくない事態もある)を2ページで綴った物語です。こう書くと昭和初期の貧乏書生の生活を描いた自己同一性を巡る私小説のように見えますが、ただのバカギャグマンガなのでまるで安心です。
鯨井先輩の元には後輩で整体師の「頼子さん」が遊びに来たり、フルットは近所のノラ猫と抗争(トンチ合戦ともいえる)を繰り広げたりしています。また鯨井先輩は単発のアルバイトとして、同じアパートに住むマンガ家「白川先生」のアシスタントをしたり、そのバイト代を元手にギャンブルをしてスッカラカンになって、今月の家賃が払えなくなったりします。フルットはフルットで謎の商人から謎アイテムを買って痛い目を見たり、仲間のノラ猫と哲学的議論(トンチ合戦ともいえる)をしつつも食糧確保に奔走しています(主に鯨井先輩からもらったエサを守るため)。
このように下町の日常を題材とした作品ですが、しかしそこはギャグマンガなのでしっかりオチを付けてくれます。しかしこのオチが非常に良く出来ているのです。が、決して爆笑出来るものではありません。言うなれば落語に近い笑いなのです。
そもそも落語は爆笑させる芸ではありません。あくまでも間抜けな状況に同席したかのような体験をさせる芸です。つまり一種のヴァーチャルなわけです。そして別世界に引き込むわけですから、噺が終わったら客をちゃんと現実に戻してあげないといけません。ですから、落語のオチは「あぁなるほどね」と粋を感じさせる、つまり少々頭を使わせるものになっています。
これによって客は「あぁ、これは落語だった」と思い出して、スムーズに現実に戻ってこられるわけです。勿論、落語世界にはまって戻ってこれなくなる人はいませんが、言うなれば「この物語はフィクションです」というドラマのテロップと同じ役割があると思います。
「木曜日のフルット」も同様で、オチは非常に落語的です。極論、鯨井先輩かフルットが痛い目を見るだけです。しかし時折「あぁ、なるほどね」と思うような上手い話が出てくることがあります。これこそが「木曜日のフルット」の真骨頂なわけですが、そのためには「なるほどね」と思わせる前フリがしっかりしていなければなりません。つまり伏線です。この作品には伏線が巧みに使われている話が結構あり、それはセリフだったり、コマの端に書かれたオブジェクトだったり、あるいは以前の話の内容の時もあれば、一般的な社会通念(つまり常識)であったりします。
しかもこの伏線、最初に読んだ時には伏線だと分からないようになっている場合が多く、最後のオチを読んだところで「あ、アレ伏線だったのか!」と気付くことが多いのです。結果、読者はわずか2ページのマンガを2回、3回と読み直すことになるのです。このあたりも、同じ噺なのに何度聞いても面白い落語に良く似ていると思います。
とはいえ、毎回毎回伏線が周到に張られている訳ではなく、ワンアイデアを押し進めただけの力技ネタもありますから、異様に注意深く読む必要もなく、肩肘を張らずに「あぁ、また鯨井先輩がバカなことをしている」とのんびりと楽しむことが出来る作品と言えるでしょう。そしてのんびり読み進めていると、唐突に上手い伏線に出会い、驚かされるわけです。
さて、このような作品ですから、某書籍通販サイトのレビューでも「サザエさん的だ」とか「全然笑えない」という意見も見受けられます。確かに近年のマンガに比べて極めて簡素な内容に見えるので、そのような意見も仕方がないと思います。
しかしこの作品は以前ご紹介した「コトノバドライブ」と同様に、最近の「太りすぎたマンガ」とは対極にある作品だと思います。しかし簡素でありながらオチのあるギャグマンガとして成立させていることは驚くべきことです。凝った物語内容に頼らず、単純なことに面白さを見出す手法はむつかしく、それでなくともこの作品は伏線を巧みに使っていますので、実はかなりの手腕をもって作り上げられたものと言えます。つまり設定ではなく、描画と構成によって面白さを生み出している作品であり、それはこの上なく「マンガ的」であると言えるでしょう。ですから「木曜日のフルット」は純粋に「マンガ」なのです。
さてこの度5巻が刊行されました。鯨井先輩はより自由に生きており、フルットは相変わらずケンカで連敗中です。しかし問題があります。この連載、週刊で2ページなのです。ですから6巻が出るのは1年以上先になります。そして、あぁ!5巻を読み終えてしましました!雑誌連載を読む習慣ない私には、次の新作を読むのは1年以上先です!この苦しみを皆様とも共有したい!
ということで、こちらから試し読み出来ますので、お気に召しましたら手に取ってみてくださいね。
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