昼間僕が何をしているのかと言えば、本来の任務である未来を変える為の試行錯誤である。彼が持ち込む厄介事を解決する事でもある程度は変更出来るが、しかし効果は余り期待出来ないのも事実だ。
だから僕は未来の子孫と連絡を取り、あれこれと手段を考える。それは市場介入であったり、生態系の微妙な変化であったり、時には洗脳紛いの事もした。しかしどれも決定的な物とは成り得ず、平たく言えば手詰まりであった。
その日も打開策を練る為情報収集に当たっていたのだが、その時一階から争うような声が聞こえてきた。
「どうして貴方はそうなの!?」
「今更そんな事言ってもどうしようもないだろう?」
どうやら彼の両親のようだった。滅多に喧嘩などしない夫婦であるが、
しかし今回はどうも様子が違う。そもそも父親がこの時間帯に家にいる事自体珍しい。居候の身である僕がのこのこと出て行くのは気が引けたので、姿を隠して忍び込む事にした。
中に入ると案の上、二人は鬼気迫る表情で机を挟んで座っていた。詳しくは記録していないが、要は父親が借金の肩代わりをする羽目になってしまったらしい。確かにこの父親は要領は良くないが、しかしここまでとは思いも寄らなかった。母親はその点をねちねちと突いていたが、その内互いに脱力してしまった。つまり途方に暮れたのだ。
その時僕は高を括っていた。僕が少し事態に介入すれば何とかなる金額だと思っていたのだ。しかし机の上の借用書に目をやり、思わず息を飲んだ。借金は三億五千万円だった。
これほどの金額は多少の介入ではどうにもならない。無理に介入すれば法に触れてしまうのだ。そもそも今回の僕の派遣も相当揉めたと聞いている。いわば特例とも言える救済措置だったのだ。それなのにここで法に触れるような手段を採る事は、どう考えても得策ではない。
僕は慌てて二階に戻り、連絡を取った。すぐにモニターに彼に良く似た子孫が映し出される。
「やあ、どうしたの。そんなに慌ててさ。」
穏やかに笑っている。僕は混乱した。つまりあの三億五千万円の借金は、未来に悪い影響を与える物ではない、という事だ。
「何か変わった事はない?」
僕は恐る恐る尋ねてみるが、
「……いや、相変わらずだけど。」
「借金とか、増えてない?」
「…おじいさんの残した借金はまだ残っているけど。」
状況は出発時と変わっていない。という事は、あの借金は何らかの形で綺麗に返済されるという事になる。しかし現在のこの家の経済状況を把握している僕から見れば、それは到底無理である。
首を捻りつつ、僕は通信を終了した。
「何が起こるんだ…?」
誰にともなく、僕は独り言ちた。しかし何れにせよ、僕は介入を続けなければならない事は事実だった。僕はにわかに強い使命感に駆られ、久々の充実感を感じ、僕は様々な予測を立て始めた。
しかしそれが最初の躓きだったというのは皮肉なものだ。
その夜、食事の席で借金の件が持ち上がった。両親の顔は曇り、彼は事態が良く飲み込めていないようだった。僕が丁寧に解説を入れると、彼は途端に父親に泣きついた。
「どうなるの?この家を売るの?みんなとお別れなの?」
父親は俯いて答えない。しかしそれは肯定でもあった。彼はそれを見て、今度は僕に泣きついた。
「ねえ、何とかしてよ。お金を作る道具とかないの?」
それを受けて両親も僕に注目する。僕は言葉に詰まった。
実際の所、お金を作る道具はある。偽金や偽造と言ったレベルではなく、まさに本物を作り出す道具はあった。しかし当然違法であるし、何よりも金額が大きいだけに、それがどんな影響を及ぼすのか想像もつかない。危険過ぎた。
「そんな道具はないよ。」
だから僕は嘘を吐いた。それを聞いて家族は一斉に俯いてしまい、母親など嗚咽する始末だった。このままでは返済の意欲すらなくなり、本当に未来に大打撃を与えかねない。僕は焦り、言った。
「僕に出来る事なら何でもしますから、元気出して下さい。」
今思えば、これが決定的だった。
泣き疲れた彼を寝かしつけ、僕は押し入れでこっそりとシミュレーションを開始した。局所的に大きな力を与えなくとも、分散すれば結果的には大きな作用を生む事が出来る。そんな方法を模索していた。作業に没頭するあまり、僕は彼が部屋から出ていくのに気が付かなかった。結局僕は襖を開けられて初めて我に返ったのだ。
そこには彼と彼の両親が立っていた。彼はじっと身を堅くして俯き、父親は僕の目を凝視している。母親はと言えば、せわしなく視線を巡らせていた。
僕は努めて冷静に道具を仕舞い、彼の方に向き直った。そして瞬時にクロックを確認する。2001年9月3日、午前2時03分。
「どうしたんです?こんな夜中に。」
しかし誰も答えない。僕は押し入れから飛び降り、彼らと向き合った。結構長い間、向き合っていたと思う。再び僕から声を掛けようとすると、ぼそっ、と彼が言った。
「背中、見せてくれない?」
その唐突で意味不明な言葉にぞっとしたが、何故か逆らう事が出来ず、僕は無防備に背中を彼に向けた。
窓から星が見えた。これから少しずつ、冬の星座と入れ替わるのだろう。そんな事を考えていると、
「……ぅ……。」
と背後から声がした。彼の声だった。震えていたと思う。
僕は何事かと振り向こうとした。
しかし僕には振り向いた記憶がない。
メモリーはそこで終わっていた。
読んで頂いてありがとうございます!
↓↓このブログ独自の「いいね!」を導入しました。少しでもこの記事が気に入って頂けたら押して頂けるとうれしいです。各著者が無駄に喜びます(・∀・)イイ!!
よろしくお願いしますm(__)m
The following two tabs change content below.
過去のホームページ時代より寄稿させていただいておりましたが、とある作品を完結させぬままに十数年すっかり忘れ、この度親方の号令により、再び参加と相成りました、todomeと申します。 主に小話を寄稿させておりますが、マンガ、ゲームにつきましても、今後ご紹介させていただこうかと思っております。どうぞお付き合いください。
コメント