桜玉吉 「伊豆漫玉日記」

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 いつものように某書籍通販サイトを覗いていると、私は思わず息を飲みました。私の敬愛する桜玉吉先生の「日記シリーズ」最新作がついに発売されたのです!その名も「伊豆漫玉日記」!やっぱ伊豆なんだ!昨年の「日々我人間」からまだ間もないのに、どうしたんでしょうか、玉吉先生。あまりのハイペースの刊行に、多くの読者が喜びと不安(主に『玉吉さん、メンタル大丈夫か?』という心配)に戸惑っており、かく言う私もその一人でありまして、しかしここは玉吉先生の最新作を読める喜びを素直に味わうことにしたのでした。

 

 …え?桜玉吉って誰かって?…そうですね、ここはひとつ、桜玉吉先生の歴史を振り返ってみましょう。

 

 桜玉吉先生はファミ通誌上で「しあわせのかたち」というゲームネタマンガでデビューします。その可愛らしい絵柄(この人の描く女の子は本当にカワイイ)とほのぼのドキドキするストーリー展開に、我ら(アラフォー)は心から惹き付けられたものです。

 しかしその「しあわせのかたち」の後期から作風が横滑りをし始め、ほのぼの系から一気に殺伐系へと移行し、絵柄も丸みを帯びた線から毛筆を思わせるものに激変します。この作風は次作「防衛漫玉日記」へと受け継がれ、「防衛~」では宇宙人と玉吉先生の闘いが描かれており(平たく言うと「釣り」)、そこへ編集者のO村氏やヒロポン氏も巻き込み、まぁ、あっちこっちで釣りをするのですが、月刊連載のプレッシャーと私生活のゴタゴタで疲弊し、連載は終わります。

 そして1年の休養後「幽玄漫玉日記」をスタートさせるのですが、先の疲弊によってうつ病を発症していたため、次第に内省的になり、笑っていいのか判断に悩む内容へと突き進み、というか雑誌に掲載していいのか判断に悩む内容になってしまい、結局執筆困難となって連載は終わります。

 さらに1年の休養後、今度は玉吉先生憧れの地、伊豆での生活を描いた「御緩漫玉日記」を開始します。始めは伊豆ののどかな生活を描いているのですが、しばらくするとかつての東京での生活の話が始まり、しかしどうやら虚構のようでもあり、やがてうつ病も手伝ってか、玉吉先生自身も「誰が何を書いているマンガなのか分からない」内容となり、やっぱり執筆困難となって連載を終えるのです。

 その後、日記シリーズを掲載していたコミックビームの宣伝4コマ「読もう!コミックビーム!」が唯一の連載となってしまい、その原稿をメールするためにマンガ喫茶に入り浸るようになります。しかしこのある種の閉鎖空間が創作には向いていたようで、玉吉先生はマンガ喫茶に入り浸り(というか、もはや住んでいる)、コツコツ短編を書き溜めます。また同時期に発生した東日本大震災により、本能的な生への渇望がうつを吹き飛ばしてしまい、陰鬱な内省は消滅し、日々の生活を淡々と語る随筆的な内容へと移行していきました。これらは盟友O村氏によってまとめられ、「漫喫漫玉日記」として刊行されるのです(この時の帯の惹句が『やったぜ玉さん!社会復帰だ!』というもので、まぁ察してあげてください)。

 そして今回、マンガ喫茶での出来事と伊豆での生活を描いた日記シリーズ第5作目「伊豆漫玉日記」が発売される運びとなった訳であります。

 

 …ということで、「しあわせのかたち」時代から知っている方からすれば、玉吉先生は「トンチキな漫画描き」というイメージなのですが、どうやら最近はカルト作家のような扱いらしく、「前衛的かつダダイズム溢れる怪しい絵描き」というイメージが先行しているようです(あくまで私見ですが)。確かに「幽玄」や「御緩」の頃はかなりメンタルがボロボロだったようで(実際『自己否定の嵐』であった)、本当にかなりヤバイ内容でしたからねぇ。

 しかし本作「伊豆」は「のんべんだらりの自分もアリ」と、ある意味悟ったようで、肩の力の抜けた日常マンガとなっております。それでも「しあわせ」の頃からは相当遠いところまで来てしまいましたが、実際、ずーっと同じ作風の作家などいるはずがなく、玉吉先生も流れ流れて今の作風に落ち着いた、と言えましょう。そしてこの作風はこれまでのどの作品よりも、人間として生きる喜びや悲しみを、そして可笑しさを表現出来ていると思います。

 

 というのも本作は先述のように、マンガ喫茶での出来事と伊豆での生活を描いているのですが(あと何故か『読もう!コミックビーム!』も収録されている)、マンガ喫茶は基本的に個室で過ごすため、プライベートな話題になると思いきや、実際は店員さんやお客さんなど、驚くほど様々な人々と関わっています。

 店員さんとは「店と客」という図式があるので、一般的常識をなぞれば問題ありませんが、お客さん、つまり壁一枚隔てただけの「他人」との関わりを描いた件は非常にスリリングです。何と言いましょうか、「個室」というプライベートと「店」というパブリックがせめぎ合う緊張感というか、「個室」というプライベートなのに、意図せずに共感出来た連帯感というか、玉吉先生の人間性が、もっと言えば「人間という生き物」が赤裸々に浮かび上がってきます。これはマンガ喫茶という環境だからこそ成立出来た内容であると言え、このようなマンガはほとんど無いでしょう。

 

 対してマンガ喫茶を引き払っての伊豆編では、今度は人間が玉吉先生しかおらず、周りはひたすら自然があるだけです。そう、広大なプライベートがあるのです。しかしながら玉吉先生は新たな他者を見出します。それは他ならぬ「自然」であり、つまりは野生動物なのでありました。

 虫や獣など、何しろ伊豆の山奥なのでなんでも出ます。玉吉先生はそれらに一喜一憂し、より一層「ここにいる人間は自分独り」であることを噛みしめることになります。それは時折山を下りて訪れるコンビニや温泉での騒動、つまり他者との関わりによって更に鮮やかに、時に残酷なまでに浮かび上がり、玉吉先生は自分自身を見つめていくことになるのです。このように作者ただ1人(本当に1人)が淡々と独白していく「日記形式のマンガ」というのも、あまり見かけないでしょう。

 

 これら2つの要素により、本作は「桜玉吉という人間」の記録に他ならないものになりました。まさに「漫玉日記」のタイトルに相応しい内容となっているのです。もっとも、それが意図されたものかどうかは分かりませんが、しかし世の中には「結果としてそうなっちゃったもの」も結構ありますから、結果オーライの傑作と言えましょう。本作は「日記シリーズ」の中でも、「一人の人間を表す」という意味で、真の「日記」となった作品であると思います。

 

 …とはいえ、本作が万人に受ける作品かと言われれば、残念ながら、これまで桜玉吉作品を読んできた方でないととっつきにくいです。極端に特徴的な絵柄(下手するとラクガキ)と手書きの文字は、現在のマンガの文法から大きく逸脱します。その上、結構なおっさんでないと分からないネタもあります。

 ですから、積極的にオススメは出来ないのですが…、何か一時期の鬱屈した雰囲気を突き抜けた内容だったので、無茶を承知でご紹介させていただきました。もし、興味を持たれましたら、まずは「防衛漫玉日記」からお読みいただければと思います。一応Kindle版も出てますが、手書き文字のため読みにくいようです。これは中古…、かなぁ?

 しかし他に類を見ないシリーズですので、是非ご一読していただければ幸いであります。

 

 さて、次回作はいつ出るのかしら…?

 


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todome

過去のホームページ時代より寄稿させていただいておりましたが、とある作品を完結させぬままに十数年すっかり忘れ、この度親方の号令により、再び参加と相成りました、todomeと申します。 主に小話を寄稿させておりますが、マンガ、ゲームにつきましても、今後ご紹介させていただこうかと思っております。どうぞお付き合いください。

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